血塗られた呪縛からの解放 うんこを解き放て
事の発端はさて何だったか
そう
小林正観(せいかん)て人の公演の動画を見てたんだけど、
なんかイカれたおっさんで、
トイレ掃除をすると運気が上がるとか、
そんな事を言ってて、
まぁそこまではいいんですよ。
よく言われることじゃないですか。
おっさんが甚だしいのは、
新幹線のトイレに入った時、便器に💩がこびり付いてたって言うんですよ。
それをこともあろうか、
素手で!
自分の爪で!
ガリガリと!
こそげ落としたと言うんですよクレイジーッ!
いや、私とて数々の既成概念を壊してきた戦国の猛者ではあるけれども、
そのエピソードには流石に肝を冷やしたね。
特急殺人の刑事ドラマは星の数ほど見てきたけど、これほど強引な物理的撲打があっただろうか、いや無い。
さて、そんな衝撃の経験が発端になっていたのかどうか。
それは定かではないですけど、まぁ、私もトイレ掃除は結構してる方なんですよ。
やっぱ水回りはキレイな方が良いじゃないですか。
そんで、便器の中もまぁキレイにしますし、時には💩も付いてたりしますよ、人間だもの。
ただ、その度に先の正観氏のエピソードが頭をかすめつつも、しかし、
現実的には、トイレットペーパーを幾重にも巻き、おっかなびっくり拭くわけなんですよ、人間だもの。
ただこの前ねぇ
💩をした後、水を流したら、
便器の、水が溜まってるトコの水深2cmくらいのところに💩がこびりついてたんですよ。
う~ん・・
としばし悩んだ挙げ句
トイレットペーパーをぐるぐる巻きにして、
ペーパーに水が浸水する前に拭き取る!
という神業を駆使すれば問題ないッ うりゃ! ビチャーうわわッ付いたーひえ~ッ!!
みたいな。
まぁ、事になったわけですよしかし。
そこはそれ、その辺の有象無象ならいざ知らず、歴戦の猛者であるところの私にかかれば、
「ちょっと待てよ?これはそんなに"ひえ~"なんて恐れおののく程の事態なのか?」
「検証してみようじゃないか」
となるわけですよ。
実際、何の要素が私の心を"ひえ~"足らしめたのか。
ひとえに💩への嫌悪ですよね。
しかし、冷静に見てみようじゃないか。
今、そこにある💩は、
1分ほど前には、自分の体内にあったものであり、
その時はべっちょりゼロ距離で大腸にへばり付いていたのだ。
それがどうだろう。
自分の体内からひとたび離れたその瞬間、
世界の魔王のごとく君臨し、悪の権化のような存在へと切り替わる。
そんな馬鹿げたことがあるだろうか、しかもだ。
私の内部からひり出されたその物体は、確かに美しい一本糞であったわけで、
下痢や軟便状態ならいざ知らず、
腸内細菌叢(さいきんそう)がしっかり仕事をした証拠であるその一本糞の状態では、
病原菌が生息している可能性は極めて低く、
また腸内の酸素濃度では、増殖などまずありえない。
すなわち、そこに今こびり付いている一本糞の断片は、
物理的にはただの有機物の塊に過ぎない。
そして、便器に溜まっている水。
勘違いしている方も居られるかもしれないが、
便器に溜まっている状態の水は、下水ではなく、上水だ。
水道水と何ら変わることはなく、
そのままやかんに入れて沸かし、
ローズヒップティーなどを淹れれば、
香り高い高貴な時間が楽しめるだろう。
下水が下水になるのは、便器から排水されたその瞬間からだ。
そこからは下水管を通って、
各家庭の汚水排水と合流し、
適切な処理をされ、自然へと返っていく。
更に言うと、
その水はやがて気化し、
水蒸気となり、
雲となり、
雨となって降り注ぎ、
あるいはダムに溜まり、
上水道を通って、
各家庭につながっていく。
つまり今キサマが飲んでいるそのローズヒップティーは、私のひり出した一本糞そのものだッ!フハハハッ!
まぁ
それはそれとして、話を戻そうじゃないか。
ということはつまりだ。
今、そこにある便器内部の空間には、不浄なものは何一つ無い!(大飛躍)
そもそもだ。
なぜ、人がそこまで執拗にうんこを毛嫌いするのか。
それはかつての人類史に寄るところであり、
つまり上下水道のインフラが整備される前は、野外排泄・水源汚染の世界で、排せつ物は病原菌の温床であり、
そこに近づく、触れることは、死を意味する行為で、最も危険度の高い記憶として、人間の脳に刻み込まれてしまったのだ。
なので、しっかりインフラの整った現代社会においては、その記憶はいささか盛り過ぎ事案になっているのだが、しかし、
人類全体の記憶が遺伝子レベルで上書きされるまでには、少なくも数万年規模の時間が必要であり、
うんこは残念ながら今後も悪の大王として君臨し続けることになるのであろう。
ただし、人類全体の記憶の書き換えは難しいが、各個体の脳内処理は、その個体独自の処理体系に依存するので、
適切な工程を踏めば、書き換えることは可能である。
そして、その修正作業が今、まさにこの瞬間、便器の深淵を覗き込む私の脳内で始まろうとしていたのである。否!
既に、その処理は、全てに気付いたこの時点で終了していたのである!
「よっしゃ、手ぇつっこんで拭き取ったろ」
まぁしかしそこはそれ
安全とは思いつつも、
危機管理も忘れず、冷静に判断して、
念の為トイレットペーパーを8つ折りにし、
ペーパー越しにゴシゴシ・・
じゃぶじゃぶ・・
みるみるキレイなっていく便器。
ガラガラと崩れる既成概念。
落ちた。
それは便器の汚れだろうか。
脳内にこびり付いた太古の記憶だろうか。
いずれにしろ清々しい。
そうなのだ。
そもそも"汚い"とは何か。
綺麗だの汚いだのといった概念は人間固有のローカル変数であり、
世界そのものの宇宙定数ではない。
宇宙はどこまでも自由で、どこまでも平等だ。
うんこが汚いというのは、病原菌の温床であった時代を生き抜いてきた脳の処理機構であり、
うんこが臭いというのもまた、同様の処理が走っているだけである。
そういう意味では、うんこもカレーもやっていることは同じで、
物理的には、両者とも揮発性分子を空気中に撒き散らす有機体で、
その漂う分子の一部が人間の鼻腔センサーに結合し、
電気信号に変換され、
脳内で意味付け処理が行われている。
ただそれだけである。
やっていることは全て同じ。
カレーの湯気も、
ラベンダーオイルも、
シャネルの香水も、
全てはうんこ。
それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。
しかし、有史以来、その真理とは裏腹に、
病原菌の温床として認識されてしまったうんこは、
時に蔑まれ、
時に笑われ、
その暗黒の概念により、多くの無実の被害者をも生んできた。
しかし今こそ、その歴史の刻印が顧みられる時が来たのだっ
うんこにまつわる血塗られた歴史を書き換えるのは今なのだッ!
みたいなことを、便器を掃除した後キッチンに走り、
執拗に何度も何度も手を洗いながらぼやっと考えている私がそこに居たのである。
背中に「うんこ」と書かれた紙を貼られたあの頃を思い出しつつ。
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ちなみにこれは驚愕の豆知識なのですが、
うんこの1/3は、腸内細菌の死骸らしいですよ!
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