冬至に憤る悪の大王(私)

冬至は1年で1番昼が短い日

ってことは、冬至を過ぎたら日はどんどん長くなるってことじゃないですかぁ
なのに、寒さはそっからが本番ておかしくね?
っていう私の素朴な疑問から始まる小話をひとつ、キミに言って聞かせるとしようか



私、ちっちゃい頃からこれにすっごい憤ってたのよ。
憤懣やる方なかったのよ。
だってそうでしょ?
冬至って12月22日くらいじゃない
なのに、その頃はまだ冬は序盤でクライマックスは1~2月じゃないですか
どーゆうことよこれ、説明しろよ
って。
ずっと思ってたんですよ。
そんで、誰も説明してくんないから、しょーがない、さっき自分で調べたんですけど、
どうも、ここで重要になってくるのは「蓄熱」という概念。
まぁこのワードを聞けば大体の予想はつくと思うんですけど、つまり。

地球は「その日の光」じゃなくて「溜め込んだ熱」で動いている。

日照が即座に気温として反映されるわけじゃなくって、
地面、海、建物、大気、など、地球の全てが巨大な蓄熱材になっていて、
冷める時も、温める時も、時間差が生じる。
特に海なんかはびっくりするくらいに熱を溜め込めるから、夏が過ぎ初秋になっても
ワイ、まだまだ放熱できるでー
と息巻いている。
しかし晩秋くらいになると流石に勢いも衰え、
地球は放射冷却によってどんどん熱が逃げていき、
やがて入ってくる熱よりも出ていく熱の方が大きくなり、赤字経営になだれ込んでいく
そして、12月に入り冬至が来て、日照時間は増えても、
太陽の角度はまだ低く、依然として出費の方が大きく、借金はまだまだ膨らむ一方。
それが1月2月の極寒期間なのである。
ようやく収支が回復してきて
「おや?」
と空気の違いに気付き始めるのが3~4月という有り様なのであり、
これがシーズンラグ(季節の遅れ)と言われるものの正体である。

しかしながら、この遅れがあるからこそ、地球上で生命が生きられる。
もし地球に蓄熱がなかったら、
昼は灼熱、夜は極寒、
季節の切り替わりもジェットコースター。
とても生物が住める環境ではなかったかもしれない。
蓄熱バンザイである。
そして更に言うと、地球も地球なら、そこに住む生物である私たち人間も、
やはりこの同じ構造を持っている、とも言える、つまり。
筋トレをしてもスグに筋力が上がるわけではない。
勉強をしてもスグにスキルが上がるわけではない。
良いことをしたからと言って、スグに良いことが返ってくるわけではない。
結果は必ず遅れてやってくる。
そういうルールになっているのだ。本来であれば。
しかし、現代を生きる我々はその遅延に我慢ができなくなってきている。
なぜなら、科学という魔法がいよいよそれを可能にしてきているから。
体の不調があれば、時間をかけて根治を目指すことは考えず、
なるべく速攻で効く薬に飛びつく。
老化が始まれば、その原因を見ずに、医療の力で肉を吸収したり釣り上げたりする。
ドーパミンが欲しければ、努力をせずにショート動画に流れる。
どんどん遅延を短くしていく。
そういう流れになっている。
まぁしかし、私としてはそれ自体を特に良い悪いと断罪するつもりはない。
それはそれでそういう流れなのでしょう。
そして、今は過渡期で、いずれホントに科学は魔法の領域に入っていって、
瞬時に全てが可能な世界になっていくのでしょう。
私はなんとなく自分の中の流れに従って遅延の道を選び、
体の不調があれば、自分の内側の声に耳を傾け時間をかけ全力で原因を探りに行き、
老化についてもシステムから紐解き、対策を講じ、
ドーパミンが欲しければ、早朝ランニングをしながら樹木の構造を観察したり、
クリエイティブに没頭して達成感を得たりなどで心を満たす。
しかし、その行為自体が別に高尚であるとか徳が高いとか、そんなことは決してなく、
それとて、結局のところドーパミンに支配されている行動になんら変わりはない。
ただ、ドーパミンの分泌が何に紐づいているかの違いだけだ。
即時刺激に強く結びついているのか、
遅延・蓄積・理解・予測、などに結びついているのか。
私の場合は現在、後者に結びついているが、それは私が
「遺伝子の書き換えには膨大な時間を要すること」
「即時の快楽は遅れて自己能力を衰退させていくこと」
「快楽と最適化が必ずしも一致しないこと」
などの情報を得てしまったがために、必然的に選択してしまった道なのだろう。
ただ単に、そういう道を選んだ個体が生まれただけで、
それが高尚だの、正しいだのということはないし、
ましてや進化として生存が約束されるわけでも決して無い。
なぜなら、賢愚だの、善悪だの、正誤だの、努力・怠惰だのといったものは人間界のローカル変数であり、
自然界の評価関数には一切入っていないからだ。
どの個体が選ばれるかは
「今ある環境に整合性があり適応できたか」
ただそれだけ。
正しいことをしている個体が生き残る、などという法則は発生しない。
世界には良い悪いなどの概念は存在しないのだ。ただし。

世界は今後更に高速化していき、即時性の中で生きていく個体も急激に増えていき、
その環境内はかなりレッドオーシャンになることが予想される。
その中で逆に、遅延を楽しみ、蓄積を喜びに変えられる個体は希少になり、天敵の居ない中で悠々と生活を楽しむことができる。
という「可能性」はあるだろう。
そしてまた、我々を取り巻くこの自然界には善悪・正誤・賢愚といった概念は存在しないが
私たちが生きている人間界には確かにその変数は存在していて、内部因子として確実に我々に作用している。
これが何を意味しているのかはまた別の機会に話したいと思うが、
さて、キミはこの荒れ狂う世の中にあって、どの道を選択するか。
春は遠からずやってくるが、キミの内部に芽は仕込まれているか。






コメント

このブログの人気の投稿

世界征服に失敗した魔王が見た世界

一匹狼を気取っていても世界の歯車

給食のぶどうパンを机の奥に放り込むと何が起こるか→