進化は螺旋
事の発端と経緯はまた追々書いていくとしまして、先月くらいにわたくし朝散歩を始めたんですよ。
重い重い腰をようやく上げて。
ホントにしぶしぶ。
眉間にシワを寄せながら。
それがどうしたことでしょう。
今はと言うと、もう散歩に行くのが待ちきれなくて飼い主の前で喚き立てる柴犬のごとく颯爽と、そしてハツラツと、満面の笑みを浮かべて外に駆け出す毎日なのでありますよこれが。
駆け出す。
まさに文字通り駆け出してるのですよ、更にここ2~3日と来たら。
つまり散歩のはずだったのがいつの間にかランになってるのです、どうしたことでしょうかこの万年引きこもり 52歳 独身 子有り 男やもめが。
よりにもよって早朝ラン
6時半ですぜ、おやびん!
まぁそんなわけでね。
ここ1ヶ月、色々あってそこに行き着いたんですけど、結果これが非常に身体と精神が整ってきているのですよ。
でもなんか、と同時に、元も子もないことに気付いてしまったんだけども、栄養管理とか、添加物を取らないとか、糖質を減らすとか、起床就寝時間を固定するとか、SNSやショート動画を見ないとか、運動を取り入れるとか、自然と触れ合うとか、そーゆうのって、現代社会では、最新の科学で解き明かした研究結果による生活サイクルって事になってるけどさぁ。
これは実は最先端を行ってるような顔をして、その実、ただ時間を遡ってるだけなんじゃね?
っていう。
どれもこれも一昔前は当たり前だったことに戻っとるだけやんそれ。
っていう。
そうなるともう、発展って何?
っていうことにもなってきますよね。
何が発展かっ
ただ無駄に毒を撒き散らしてきただけではないのか!
結局、身体や脳に最適なのは時間を巻き戻した先にあった!
てことなんだよなぁ・・とか思考を巡らせてたんだけどしかし。
だからといってじゃあ昭和が全て良かったか
戦前が全て良かったか
縄文時代が全て良かったか
狩猟採集生活が全て良かったか
といったらそういうことではない。決して。
生活サイクルが時代を巻き戻っているように見えて、実はそれは単なるノスタルジーではなく再発見なのだ。
古いものをただ再現しているのではなく、科学理解を経た後にそれを使って生活様式を現代風に組み直しているのだ。
生命が別経路を辿って同じような形態に行き着く収斂進化(しゅうれんしんか)の生活文化版とも言えるかもしれない。
発展の経路は単純な直線ではなくいわば螺旋状に渦巻いていて、同じところに戻ってきているようで、実はレイヤーが違っている。
私自身の精神もただ単に昭和のあの頃に戻っているのではない。
経験や知識、あらゆる情報、知的好奇心、そうした獲得したものをそっくりそのまま持って、あの頃にタイムリープ。
いわば別の世界線に転生しているようなものだ。
そして重要なのはだ。
現在ある重要な発展。医療であったり、脳科学であったり、神経科学、宇宙開発、素材開発、通信、テクノロジー、AI・・
それらの開発は、添加物やSNS、ショート動画、サムネ詐欺、フェイクニュース、それらのものと表裏一体、どちらがなくても成立しない、どちらかだけが発展するということはない。
なればこそ、その中でどれを選択してどれを削除するのか。
いや、あるいは削除もしなくて良いのかもしれない。
添加物やSNSもそっと抱きしめて側に置いておくのでもいいのかもしれない。
グラコロはそれでも旨いし、バーガーキングのクソデカパテ4枚重ねチーズどばどば頭のネジぶっ飛びバーガーも愛おしいではないか
それらを脳裏に焼き付けつつ、明朝も6時に起きて颯爽とハツラツと満面の笑みを浮かべながら外に駆け出したら良い。
それが令和の昭和というものだ。

コメント
コメントを投稿